銀の風

四章・人ならざる者の国
―50話・人型向けの宿―



―宿屋・「森の石宿」―
「うわ〜、ほんとに人間向き!」
「人型が正式ですよ。……しかし、なかなかいいお部屋ですね。」
軽い気分で人間と口にしたアルテマに細かいつっこみを入れているが、
ジャスティスもこの部屋は気に入ったようだ。
「よいしょっと。」
リトラが荷物をどさっと床に下ろす。
買い込んだからそれなりに重たい。
「ずいぶん買ったな。」
「まーな。46000ギル以上使ったし。」
すでに自分で装備しているメンバーも居るので、
リトラが持っていた分は46700ギル分の買い物の一部に過ぎない。
それでも、買ったものが装備品なので結構かさばるものだ。
「置いとくから、後で自分の分をちゃんと取ってけよ。」
「うん、わかった。ところでさ、この宿屋ってご飯出る?」
「大丈夫だよ!ぼく、下でごはんの看板見たもん。」
通りすがりにちゃんとチェックしていたようで、フィアスは自信満々にそう教えた。
「あー、食堂か。何が出るんだろうな。」
「さあ……想像できないけど。」
一応人型向きの宿だから、味もそれ好みの物が出てくるのだろうか。
ルーン族のリトラやペリドが食べられる食事が出るのなら、
たぶん人間のアルテマや、天使のジャスティスも大丈夫だろうが。
「ま、後で行けば分かるって♪」
「それはそうですけど……。」
何しろ住人の種類が多様すぎるので、どんな食事が出てくるかちょっと見当がつかない。
人間の血を引いていても食べる物を選ばないフィアスなら、
まともな外見さえしていれば大抵大丈夫だろうが。
ちょっと心配性なペリドは、食堂のメニューの件で頭がいっぱいになりそうだ。
「そんなに心配すんなよ。もしなかったら、最悪外で買えばいいだろ?」
「そ、それもそうかもしれませんけど……。」
ついつい心配してしまうのは性格なのだから、
あまり気にしないでもらいたい気もしたが、ペリドは懸命にも黙っていた。
リトラはフォローをしただけなのだから、それこそ気にすることではないだろう。
「あ、そういえばポーモルのは?」
“あ、大丈夫。さっきクポの実を買ってもらったから。”
それならいいやと、一瞬焦ったらしいフィアスが安心した顔になる。
そんな光景をよそに、ルージュは何かごそごそと音を立てながら物を取り出した。
「食事の前に、やることをすませないとな。」
「ルージュ、それなーに?」
「ヴィボドーラの細かい地図だ。」
大きな机がないので、ルージュはベッドの上に地図を広げた。
ラトア周辺の詳細な地図で、主な街道に繋がる細い街道もきちんと記されている。
「街道の周りのこのラインは何?」
「ああ、まだ説明してなかったな。これは、原則的に狩りを禁止する安全地帯だ。」
『安全地帯?』
パーティのほとんどから聞き返す声が上がる。
「これは、この国が多種族国家だからこそ起きる面白いところの1つだ。
色々な種族が住んでるからな。当然食う食われるの関係も出てくるわけだ。
だけど、それをどこでも許したら無法地帯になるからな。
街道沿いの決まった範囲と町中では、仮はご法度になってる。」
ルージュ自身が興味深いと思っているのか、
心なしか解説する声に熱が入っているように聞こえる。
フィアスやアルテマは意味がいまいち分からないのか首をひねっているが、
ナハルティンはいち早く理解した。
「んー、つまり食物連鎖、弱肉禁止禁止ってわけ〜?」
「そうだな。まぁ、理由はちょっと考えればわかるだろう。」
「確かに、どこでも自然の状態を認めてしまえば、
国家として成り立たなくなってしまいますよね。」
ペリドが納得してうなずいている。
「あたしには難しくてよくわかんないけど、
なんか色々と苦労してそうだね。」
「何なら今度、ガキ向けのヴィボドーラのルールブックよんでみるか?
昔、法律を決めた奴らの苦労が大体分かるぞ。」
「っていうか、そんなものあるって方がおどろきなんだけど……。」
法律の本で子供向けとは、またミスマッチな響きだ。
しかしそれは裏を返せば、
子供のうちからちゃんとそういう国家のルールを学ぶ必要があるという事でもある。
「そんなに難しいもんじゃない。
お前らも読んでおいて損はないから、1冊買ってきた。読んどけ。」
「え〜っ、あたし本好きじゃないんだけど!?」
「だめですよ、アルテマさん。
今まで旅して来た国とは、住んでいる人たちからもう違うんです。
知らなくて大変なことになったらどうするんですか?!」
「ペリドおねえちゃん、そんなにおこらなくても……。」
「え?あ、違うのフィアス君。私、怒ってるわけじゃないの。ね?」
フィアスに指摘されたことは心外だったようで、
ペリドはハトが豆鉄砲を食ったような顔をしてあたふたしている。
「ペリドちゃんってばあわてちゃって、かっわい〜♪」
「か、からかわないで下さい〜!」
ナハルティンにおちょくられて、ペリドは顔を真っ赤にしている。
怒っているというよりは、恥ずかしくてたまらないのだろう。
「……そこはほっとくとして、とにかく読んどけよな。
マジでしょうもないことでトラブっても知らねーし。」
所変われば常識だって変化する。
人間の国の常識だけで行動されてしまったら、大問題が起きてしまうかもしれない。
リトラだって、本を買ってきたルージュ同様その辺りは危惧している。
そうでなければ、自分だってそんなに好きではない本をわざわざ読めなんて人に言わない。
ちなみに彼本人は出身が隣のリア帝国なので、
もちろん基本事項は読むまでもなく分かっている。
「子供なんだから、ちょっと位勘弁したりしてくれないの?」
「そういう甘い考えは捨てるんだな。」
どうしても本を読みたくないらしいアルテマが食い下がるが、
ルージュはつっけんどんな答えだけ投げて、
占い道具を持ってふらっと部屋を出て行ってしまった。
小金稼ぎでもするのだろうか。
「アルテマおねえちゃん、いっしょに読む?」
「うん、読もっか……読んでなかったら、絶対後で怒られそうだし。」
アルテマはやっと観念して、フィアスと一緒に読書に取り掛かることにした。
あんまりテンションが急に落ちたものだから、見かねたペリドが肩を叩く。
「それなら、一緒に読んでもいいですか?
私も勉強しなきゃいけないのは同じですから。」
「ほんとに?じゃあわかんないところ教えてくれる?!」
「ええ、いいですよ。」
あからさまに顔を輝かせたアルテマの態度は露骨そのものだが、
気立てのいいペリドはそれを嫌に思ったりはしない。
心強い味方を得て密かに喜ぶアルテマを中心に始まる読書の会を始め、
夕食まではしばし思い思いに過ごす時間となっていった。




―食堂―
食事前までは一喜一憂していたが、
いざその時になると、一部のメンバーには拍子抜けな食事が出てきた。
「名前がすごいの頼んだつもりなんだけど、本とにこれ?」
「ああ、まぎれもなくな。」
アルテマが頼んだのは、ダイブイーグル卵の気まぐれオムレツ。
物がダイブイーグルの卵で、しかも具はその日のシェフの気分次第という博打ぶりに引かれて、
絶対すごいのが来ると大興奮していたから、
かなり拍子抜けしているらしい。
「でも、おっきいね〜!
アルテマおねえちゃん、2人でいっしょで正解かな?」
「だね〜。ていうか、フィアスいなかったらあたし頼んでなかったかも知れない。」
「自分より年下の子の胃袋をあてにするというのも、
奇妙な話だと思うのですが。」
ジャスティスがもっともな疑問を呈するが、
パーティ最年少が一番大食いなのは周知の事実なので、いまさらでもある。
だが、他人の胃袋をあてにするのは責任を1人で取る気がないということなので、
それならはつっこめるだろうが。
「いいじゃん、フィアスならあたしより好き嫌いしないし。」
「歩く残飯処理箱かよ?」
「お前の例えもなかなかの物だな。」
アルテマの認識を意地悪に表現しただけとはいえ、
リトラの言い草も結構ひどい。
ただし彼がつけるあだ名の常で、完全否定は出来ないのだが。
「ざんぱん?」
「残りご飯のことやけど……。リトラはんはも〜〜〜!!」
「ぼく残りごはん処理箱か〜……それって、いいのかな?」
ろくでもないことばっかり言ってと角を出すリュフタを尻目に、
自分の立場が果たして名誉なものかどうか、フィアスは考え込んだ。
残りご飯をきれいにするなら、もしかするといいものなのかもしれないが、よくわからない。
と、解決の道はあっさりとやってきた。
「いいんじゃないー?
ご飯残しちゃって、作る人に怒られたりなかれちゃったりしないもんね〜♪」
「あ、そっか!ナハルティンお姉ちゃん、すごいねー!」
フィアスは閃いたように手を打って、キラキラした目でナハルティンを見る。
まさにナイスフォロー。
普段は人をおちょくって遊んでばかりだが、彼女の場合は可愛い子は適応外らしい。
「それにしても……お客さんの中で、何だか私達って浮いてませんか?」
一応人型向けになっているとはいえ、
周りの客は角が生えていたり翼が生えていたりと、
やはり一目で人間ではないとわかる種族が多い。
ペリドはルーン族だから人間ではないが、
胸元にある紋様と、種族独特の色味もある髪の色以外は人間と差がないから、
少し気になるようだ。
「確かに、こうじろじろと見られると気になってきますね。」
ジャスティスの場合は、人間の町では隠している背中の羽のせいだろうが、
じろじろ見られて気になるのは同じらしい。
「あの……この国でもやはり、天使と言うのは珍しいのですか?」
「せやな〜。でも、この世界なら全部そんな感じやで。」
この国というよりも、リュフタが言うようにこの世界というのが正しいのは事実だ。
天使は用事がなければずっと天界に居ると決まっているし、
例外を除き他の世界に定住をしない。
当然、なかなかお目にかかれないのだ。
「まあ、当然ですよね……。」
ふーっと、いかにも残念そうなため息が漏れる。
それを耳ざとく聞いていたナハルティンが、向かいでニヤニヤと笑っていた。
「何〜?あんたホームシック?」
「そ、そんなことはありませんよ!!
私はそんな軟弱な精神なんて持っていません!」
「ジャスティス、あんたそんなムキにならなくてもいいじゃん〜。」
バカにされてムカつくのは分かるけど、
という続きの言葉を気まぐれオムレツと一緒に口の中に押し込んで噛み砕く。
食事の時でも、けんかになるとそっちのけになるのは、生真面目な彼のちょっと悪い癖だ。
相手の非を正さない時がすまないのだろうか。
「落ち着けジャスティス。文句があるなら食った後にしろ。」
ルージュが黒っぽい肉をかじりながら、さらっと注意する。
そういう彼も食事に集中しているようには見えない顔だが、たぶん考え事だろう。
「すみません……ついつい熱くなってしまいました。」
「やめたんならそれでいい。おとなしく食べてろ。」
ねちねち言ったりせず、素直に謝罪したジャスティスに食事の続きを促す。
それから横のリトラに、後でこれからの事を決めろと耳打ちしたので、
たぶん早くそちらに移りたいという気持ちもあるのだろう。
「そうだ、さっさと食べて部屋に戻ろうぜ。
明日のこととか話さなきゃいけねーし。」
ルージュの意を汲んで、リトラが仲間達に告げる。
彼自身はほぼ食べ終わってしまっているから、そこでも暗に急かしているかのようだ。
「そんなに急がなくってもいいんじゃないの?」
「ね〜、せっかちちゃん。」
頼んだオムレツが気に入ったらしく、
終わりになるにつれて味わって食べる方式に切り替えたアルテマと、
雰囲気重視で、元々ゆっくり目に食事を取る癖があるナハルティンが、
そろってマイルドな抗議をしてきた。
喧嘩しがちなこの2人の意見が一致するのも珍しいことだ。
「どーせそろそろみんな食い終わってもいい頃じゃねーか。
文句つけんなよ!」
「ま、まあまあ。お話しなきゃいけないんなら、仕方ないですよね。
私も早く食べなきゃ……。」
あまり食べるのが早くないペリドが、彼女なりに頑張って食事のペースを上げた。
食べるのが早いフィアスとは対象的だ。
「あー、そんなに急いで食べたらあかんって。むせてまうでー?」
「そ、それは大丈夫です!」
リュフタの忠告に、何故か焦ってペリドは答えた。
実を言うと、言っているそばから今の一声に驚いてむせてしまいそうだったのだが、
もちろん彼女は口が裂けても言わなかった。



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意外とキリがいいところで年内最後の更新でした。
宿屋でお食事しているだけですけれども。
次では町の中の散策等に入る予定です。
多分に珍道中というノリが含まれるかもしれませんけど。